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| 07/4/8 芸妓さんをお迎えし、伝統文化に触れる。素人寄席 |
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| 師匠の三味線に小唄に合わせ、舞を披露していただきました |
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| 艶やかで奥ゆかしくて、う〜ん、いいなあ〜。 |
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あけぼの商店街をお通りになりました。
皆さん「わあ、きれい」と注目! |
ご存知でしょうか。
久留米は昔、『三シャの街』といわれていました。
『三シャ』とは、
芸妓(芸シャ)、医者(医シャ)、自転車(自転シャ)の事。
実は戦前、久留米には約600人もの芸妓さんが
いらっしゃいました。
しかし、昭和50年代には数名になりました。
久留米 と 芸妓さん文化は、深いつながりがあるのです。
今回の寄席は、
博多券番から、地方(ぢかた=三味線)さんと
立方(たちかた=踊り)さんをお迎えし、
昔懐かしの日本文化に触れる会です。
芸妓さんというと、高級料亭にて
杯でも酌み交わしながら楽しむ、上品な娯楽。
それを久留米の我々の舞台でご披露頂けるなんて、
とても嬉しい事です。
前半は我々の落語と皿回しをご披露。
そしてお待ちかね、博多券番のお二方の登場です。
いやあ、三味線に小唄、裾挽き着物の踊りに、
会場全員の心は奪われっぱなしです!
艶やかで奥ゆかしくて、う〜ん、いいなあ〜。
また、
博多券番のご紹介や、
三味線や小唄、踊りの文化、
芸妓さんの生活、見習いから芸妓さんへの道、などなど、
とても興味深いお話も沢山頂きました。
「ほほ〜ぅ」の連続でした。
芸妓さんの世界に関してはもちろん、
久留米の歴史に対しても、更なる魅力を感じる事が出来ました。
日本の古き良き時代文化に触れる、
とても良い会になりました。
本当にありがとうございました。
●券番とは?
芸妓さんの取次ぎや『線香代(花代)』と呼ばれる出演料の精算を行う事務所的なものだそう。明治時代の発生し、次々と券番が設立されましたが、戦時体制で券番は完全に消滅。しかし大戦後に2つの券番が復活し、昭和60年、すべての券番がひとつにまとまり『博多券番』となり、現在に至っているそうです。歴史が深いですね。
●博多芸妓の歴史
江戸時代中頃、大阪の芸妓さんが長崎での出演に行かれていたそう。しかし、長崎での滞在には日数制限があったため、期限を過ぎると長崎を出なければならなかったそう。大阪まで帰り、また戻るとなると、大変!という事で、途中の博多で一稼ぎし、長崎へ戻っていたそう。その中から博多に定住する芸妓さんが出てきて、それが博多芸妓のルーツになったそうです。
当時博多の芸妓さんはおおらかできっぷが良いと評判だったそう。博多だけでなんと2,000名を越える芸妓さんがいらっしゃったと言うから驚きですね!
●芸妓さん(立方さん)の1日
午前中に稽古、午後から髪を結いに美容室へ行き、メイク、身支度を整え、夕方頃から出演するお座敷へ出かけ、出演。終了は当然夜になるそう。
また、稽古に関しては、自分の稽古が無くても、稽古場で正座で見ておかなくてはいけませんし、東京からお師匠さんが来られるときは、正装をしてからの稽古なのだそう。厳しい世界ですね…。
●線香代とは?
芸妓さんと遊ぶときの代金の事を『線香代』と言います。通常2時間で線香18本。それに加えて、お料理・お酒代、芸妓さんの交通費、チップ的なものも必要です。
博多では線香代は1本700円〜。全国的に見ると、割とリーズナブルな方なのだそうですよ。
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| 今回も沢山の方がお越しになりました。 |
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皿を飛ばせるようになりました!
どんどん技を磨いていきますよ〜 |
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ありがとうございました!
また一緒に楽しみましょう! |
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ご協力ありがとうございました
●出演: 博多券番より、(地方)美恵子さん、(立方)佳美さん
お問合せは 092−271−0071 博多券番ホームページはコチラ
●会場: 久留米六ツ門大学 さん 福岡県 久留米市 六ツ門町
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